傘を持たない文化

わたしは雨が好き
子供の頃からずっと、何かあるときは「雨ふれ雨ふれ」と願ってた
運動会やら遠足やら体育のある日やら、
「雨ふれ雨ふれ」と願って、中止になってほしかった
そんな変わった子だった
そんな名残で、今でも雨音が聞こえると安心するというか落ち着く

わたしは傘を持たない人 持ち歩かない人
職場にも置き傘してるけど、この1年ほっとんど使ってない

友達にはよく「傘、持ってきてないの!?」と驚かれる
天気予報では一日雨予報でも、
家を出るときに止んでたら、持ってくのやめる
この前のコンクールの日は、家を出るときから雨で、
でも車だから何も考えず、傘も積まずに出発
駐車場から会場まで、じゃじゃ降りの中、
子供たちと、屋根があるところを見つけては雨宿りして現地へ…
当然、髪も服も靴も、ぼっとぼと…もうすぐ本番だというのにね
聴きに来てくれた友達にもびっくりされた

あるブログ仲間のかたが、欧米人は傘を持たないって記事を書かれてて思い出した
NZに1年いたころ、傘をさしてる人を見たことがない
スーツ姿の人も平気で雨の中を歩いてた
私はその頃はまだ人並みに傘を使う人だったから、
傘を買おうと、お店を探し回ったけど、
パラソルぐらいのでっかいのしか置いてなくて驚いた
日本では雨に日には特に当たり前のように、どこにでも売ってるのに…
思えば、お店の前にある傘立てなんてのもなかったと思う
日本では当たり前のようにあるのに…

NZのこの傘を持たない文化に触れてから、
私も「傘をささないほうが楽」ってことに目覚めたのかもしれない
濡れたって平気だし、傘を持ち歩く煩わしさもない
逆に、傘を持ち歩いたり、さしたりするのが煩わしい
それに、どっかにすぐ置き忘れてしまうのもしょっちゅうだし、
傘持ったら、片手がふさがって、その方が不便
多少の雨なら濡れます

ちなみに、わが子も、傘持ってるのに濡れて帰ってきます

人生初ヒッチハイク

バーバラの続き…

クイーンズタウンでアイリッシュにどっぷりはまり、そこで出会ったバーバラ
クライストチャーチを経由するときは、いつもバーバラの家に居候してた

クイーンズタウンから長距離バスで、テカポ経由でクライストチャーチへ…
バーバラと再会
彼女の家は街から離れてて、
しかも坂道をだいぶ登ってった、リトルトンってところ
だいぶ高台にあったように思う

バーバラは仕事だし、息子は中学生で学校で、家に私1人
家にじっとしてても退屈だし、街に出てぶらぶらしたいし…
バーバラ「ヒッチハイクしてみたら?」なんてジョークっぽく…

バーバラ宅に着いた翌日、とてもお天気が爽やかな日、
バーバラの家の前に出てみた
こんな山なのか丘なのか分からない山の奥に、車一台通らない
人っ子1人いない
ポッサムが横切るくらい

すると…
若くてショートカットのかわいらしい女性が運転する車が前を通った
思い切って声掛けた
車には2才くらいの男の子
街までお願いしたら、快く乗せてくれて、
帰りも待ち合わせして、家まで送ってくれた
人生初! 最初で最後のヒッチハイク!
ほんと!ありがとう!

彼女はキム、息子くんは「ラフェアエロー」
その名前が聞き取りにくく覚えにくく、私にはそう聞こえた
彼女の家は、バーバラのお向かいだった
ちょうど出掛けるところを私が声掛けたみたい
これをヒッチハイクと言っていいのか…

その2日後、キムのおうちでティータイム
めーっちゃかわいいラフェアエロー
キム姉さん、よーしゃべる!
湾沿いを散歩して、ずーっとしゃべってる
足元が岩とかでガタガタで、
キム「Watch out!! あ、日本語でWatch outはなんて言うの?」とか…
こんな見ず知らずの日本人に、どうしてそんなにフレンドリーなの!?
キム「それは、あなただからよ」って
ダンナさんは美術の先生
「ラフェアエロー」は、後で知ったけど、
どうやら「ラファエロ」って画家の名らしい

フルネームも連絡先も聞かずで、もうお礼も言えない
キム姉さん、元気かな~
ラフェアエロー、大きくなったやろうな~

とってもとっても忘れられない、宝物の思い出

バーバラ

クイーンズタウンのアイリッシュパブで、いろんな出会いがあった

私、クイーンズタウンで手編みを教わってた
店員が日本人女性の毛糸屋さんで、帽子の編み方を教わって編んでた

ある日、アイリッシュパブで、
陽気な観光客の1人が、私のかぶる手編みの帽子が気に入り、
それが欲しい!と…
冗談で「毛糸代くれたら編むよ」って言ったら、ほんとに$20くれた
4、5日で2着編むことに…

夜なべ~をして…ではなく、
夜中はアイリッシュパブだから、昼間こつこつ編んで、
約束の日にパブで会い、編んだ帽子を喜んでくれた

またある時、当時40代から50代ぐらいの ふくよかな女性とパブで出会った
名前は バーバラ
南島の都会、クライストチャーチから休暇でクイーンズタウンに来てて、
話したりしてるうちに、電話番号をくれて、
「クライストチャーチに来るときは連絡してね」と…
こんな一瞬の出会いで、しかもワケ分からん日本人に、そこまでご親切に!
ありがたいやら、嬉しいやら、、、
いや~ちょっとは怪しく思わないといけないところなんだろうか…
でもそん時は、ただ嬉しくて、またの再会を楽しみにしてた

田舎の小学校に行く前の1ヶ月、
半分はクライストチャーチ、残りはオークランドに戻る予定

長距離バスの到着駅までバーバラさんが迎えに来てくれた
クライストチャーチに滞在中はバーバラさんのお宅にイソーロー
バーバラさんはお仕事に出かけ、
娘さんは、どこだったかアラビア語を習うために留学中、
真ん中の息子さんは、クライストチャーチ市内で友達とシェア生活
下の息子さんは、中学生で学校へ…
ダンナさんは…写真たてに、らしき写真はあったけど…そこは聞けなかった
私は留守番…こんなワケ分からん日本人に留守番を許せるなんて…

真ん中の息子さんの部屋が空いてるので、その部屋を私に使わせてくれた
車も貸してくれた
ちょっと観光してみようと地図見て車を走らせてたら、、、
真逆方向だった…
結局、行きたいところに行ったんだったか…
借りた車で迷子になったことが強烈すぎて、行けたかどうか記憶がない

帰国する直前も、バーバラさん宅
オークランド行の飛行機に乗るため、空港までも送ってくれた

ホントにホントに良くしてくれて、すっごくすっごくお世話になった
娘のように扱ってくれた
ありがとうバーバラ

バーバラ宅滞在記は まだある
つづく・・・

はだし文化

ニュージーランド時代、
現地の人が裸足で歩いてるのをよく見かけた
老若男女、ところ構わず、裸足・・・
玄関で靴を脱ぐ習慣もなければ、靴を履く習慣もない
靴を履いたり履かなかったり、どっちでも気にしてない感じ

初めは私も抵抗はあった
でも、慣れてくるもんで、だんだん靴がめんどくさくなってきたり…
さすがに街に出るときは履くけど、
近場とか芝生とか、裸足が気持ちよく感じてきた

南島クイーンズタウン、毎晩通ったアイリッシュパブ、ポグマホーンズで…
陽気な観光客たちが、スタットフェローズのライブ、音楽で踊ってる
ステージの前に踊れるスペースがあって、
酔ってきて気分良くなった人たちが、陽気に踊る
私も、その中の1人
私はキルケニー1杯で、そない酔うこともなく、ほぼしらふ
それでも楽しい!!

入り口にはガードマンが立ってる
裸足で踊ってると注意される
グラスが割れた破片とかがあると危ないから…
ちゃんとそこは守りましたよ、危ないもんね

夜中過ぎてライブも終わり、1人で歩いて帰る
クイーンズタウンにいた頃は、NZの冬
行きはコート着て、パブの中では半袖、超暑い!! 汗ボトボト!
店の外に出ると、ひやっと寒い!
汗かいた体には気持ちいい寒さ
歩いて10分ほどだったかな
時々、裸足で帰るのが気持ちよかった
ボードやスキーしに集まる冬のクイーンズタウンの寒い夜に、裸足・・・
人気がない夜道、裸足で、大声でアイリッシュソングを歌って帰る
端から見ると、私自身が不審者に見られてたかも…
楽しかったな~

田舎の小学校でボランティアしてた頃、
子供たち、ほぼ裸足で登校
上靴やら下靴やらの文化もない
ある時、遠足の前日、先生が子供たちに、
「明日は必ず!靴を履いてくることを忘れないように!」

日本じゃ なかなか聞けないセリフだわ

エイとアイ

アメリカン英語とブリティッシュ英語の違い

アメリカン英語は、ねっちょり
ブリティッシュ英語は、さっくり
わたし的にはそんな感じに聞こえる

MIにそんな話したら、「そうそう!」って、分かるみたい

きのう観たミリオンダラーベイビー、珍しく字幕スーパーだった
たま~に聞き取れた英語、あ~こう訳すんだ~って見方もしてた
吹き替えじゃなく地声やから、感動も一際だったのかも…

ニュージーランド時代、エイとアイの違いに悩まされた

田舎の小学校のボランティアをしてた頃もあった
低学年クラスで、ABCD…を習ってて、
先生のあとに続いてリピートする
アイ、ビー、スィー、ディー…、エイチ、アイ…、、、

「アイ」が2回出てくる
どう聞いても、Aがアイに聞こえる

先生と他で話せる機会の時に、「Aがアイに聞こえる」って言ったら、
「Youが!でしょ… 私たちはちゃんと分かるわよ」みたいに言われた

オーストラリア人の、「グダイ マイ!」もそういうこと
書くと「Goodday mate!」やぁ!元気?ってな挨拶

アイリッシュパブでハマったスタットフェローズ
CDには歌詞が付いてないので、聴いたまま歌ってた
アイリッシュの歌詞で検索したら、いーっぱい出てきた

「わぁい」て歌ってたら、「Way うぇい」だった
「ばぁい」も「Bay べぇい」

「コミュニケイション」は「コミュニカイション」
「tomato トメイロゥ」は「トマァロゥ」

日本語の方言と同じようなものなんやろうけど…

1年居ただけに、彼らの音楽を聴いてるだけに、
ブリティッシュ英語の方が聞きやすいかも…

そんなこと言っといて、ほぼ聞き取れてません!!

出会い帳

NZ滞在の頃、「出会い帳」ってのを持ってる日本人が多かった

出会った人に一言書いてもらう「出会い帳」、私も書いてもらってた

実際に現地で連絡取り合うために連絡先を書いてもらったり、
日本に帰っても連絡し合えるためだったり、
はたまた、一緒に楽しい時間を過ごしたけど、
もう会うことはないだろうって人からは、一言書いてもらったり…

そこで出会う人々、現地人、外国人、日本人、、、
帰国してからも、連絡取り合ったり会えたりできてる友達は、ほんの数人
あの頃に出会った人たちとは、まさに、一期一会


クイーンズタウンでは、インド人オーナーの家をシェアしてた
入れ替わりはあったけど、ほぼ日本人で、雪山を追いかけるボーダーたち
ルームメイトは、はたちぐらいのボーダー女子
私と同じくワーホリの子もいた
リゾートホテルのベットメイキングの仕事をしてる子とか…

雪山を追いかけ、フランス、日本、ニュージーを行ったり来たりしてるMさん
流暢な英語、穏やかで少年のようなMさん
いつも暖炉の薪を黙々と割ってくれてた
暖炉の火が消えないように見張ってくれてた

ルームメイトの子やMさんとアイリッシュパブにも行った
一緒に踊ったり、飲んだり、楽しかった~

Mさんが帰国する前日、出会い帳を渡した
翌朝、まだ私が寝てる頃、窓に「コツン」って何かが当たる音
なんだろ?と思って外を見ると、Mさんが小石を投げて私に気づかせ、
出会い帳が置いてあった

なーんてドラマチックなことを!!
どんだけ少年なん!?

そんなMさんには、もう会えないんだな~
今は落ち着いた生活をしてるんだろか…

1999 DIARY

あった!あった!

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実家でこそこそ探してみたけどなくて…

やっぱり、自分ちにあった!

1999年の日記
それを見つけたのが、な、な、なんと!
NZに到着した日!
ま、単なる偶然だけど、湧いたわ

毎日書いてるとこ、所々のとこ、全くの真っ白なとこ
全文英語でがんばってるとこ、日本語も混ざってるとこ、
もう諦めて日本語オンリーなとこ

日本から友達が会いに来てくれたことも書いてあった
7泊8日、出発日入れれば7泊9日
みっちりいろんなとこ行ってる

Irish Pubに出会った感激、その頃の楽しいフラット仲間
よみがえる~~!!

私の貴重な1/43年
あの1年があるからこそ、今がんばれる!!

自分が自分になれた1年

封印されたNZの思い出

NZから帰国してしばらくは、たった一年の英語生活だったのに、
日本語の単語が思い出せなかったり、
ついルーさんみたいに英語混じりの話し方になったりしてた

それに浦島太郎みたいになった感覚にも…
携帯屋さんで「メールできる携帯がほしい」って言ったら、
「今の携帯は全部メールできます」
メールが当たり前の時代になってて驚いた

日常生活でも、ついつい、
「ニュージーやったら…」
「ニュージーのほうが…」
「ニュージーにいたときは…」
これが口癖のように出てしまってることに気付いた
私はただ単に、
ニュージーではこうだったんだよって経験を話したかっただけなんだけど、
「あ、これは周りはイイ気してないな」って思うようになった
自慢にしか聞こえてないのかな~って感じて、
それからは「ニュ…」って出かかっても、飲み込んで、
ニュージーの思い出、体験話は、自分の心の中に封印した

アイリッシュのことだって、日本で誰かに話したって、
だーれも興味ないし、関心ないし、心にしまっとくしかなかった
こんなに自分の中では、アイリッシュでいっぱいなのに…
まーこれは日本であれどこであれ、同じ反応だけど…
ピアノみたいなもん
ピアノ弾かない人に、ピアノの話しても伝わんないもんね
だけどピアノ話は、ブログで仲間ができて、思う存分ここで書けるようになった

でも、NZ話、アイリッシュ物語は、未だ封印されたままのネタがいっぱい!
これからは、時々思い出して、ここに書き残していって、
まだ誰にも話せてない思い出を、解き放していきたい
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Author:atsumiry
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3人合わせて、
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